⑨🎬こどもしょくどう🍚

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───────私たちはこういう子供たちに何ができるのだろうか。

昔はよく見ました。貧乏な子。やっぱり虐められてました。小学生の時も中学生の時も。気になりながら、何もできず。ただ見てるだけの子供でした。

いつの時代も子供は純粋であり、それ故に残酷でもある。嫌いなものは嫌い、好きなものは好き。やりたくないことは、やらない。気にくわない奴は虐めて、憂さを晴らす。

元々言葉も話せなかった子供たちは、獣のように生きる。言葉で物を考えるより先に、感覚的で感情的に動く。当然だ。まだ学びの途中だから。人間を知らない。社会を知らない。自分自身もわからない。自分は弱く、故に守ろうとする。または自分は強く、何者にも勝てると過信する。判断も分別もまだまだ危うい。

獣を人間にしていくのは、やっぱり周りの大人たちだと思うのです。

あらすじ

両親が食堂を営んでいる小学5年生のユウト。彼の友達タカシは同級生からイジメられていましたが、いつも見て見ぬ振りをしていました。一緒に所属している少年野球チームの練習を終え、二人はユウトの家へと帰ります。帰宅したユウトは妹のミサ、そしてタカシとともに夕食を取ります。タカシは育児放棄の母子家庭。ユウトの父作郎と母佳子は彼を心配し、夕食を食べさせていました。

ある日、近所の橋の下に一台の車がやって来ました。そこでミチルとヒカル姉妹とその父次郎が車中生活をしているのを、ユウトは見かけるようになります。ある時、ユウトがコンビニに入ると、ミチルが万引きで店員に見つかる光景を目撃。やがて、ユウトは夕食に出された食べ物を、両親に隠れてミチルとヒカルの元へ運ぶようになります。

そのうち、姉妹と次郎が暮らす車は、高校生たちの心無いイタズラにより、ボロボロに。その光景を見つめるミチルとヒカル、タカシとユウト。そしてそれを見た父親の次郎は、そのまま失踪してしまいました。ユウトは姉妹に声をかけ、自分の家へ誘い、姉妹は久しぶりにまともな食事をとります。その夜、ミチルは車中にヒカルを残し、雨の中「お母さん」と叫び号泣。ミチルはヒカルに「一緒に死のう」と言うほど、追い詰められていました。

ヒカルはミチルに「虹の雲」を探しに行きたいとねだります。「虹の雲」とは、かつて姉妹が次郎と母の朋美と幸せに暮らしていた頃、旅先の海辺のホテルで見た綺麗な虹色の雲のこと。それを見る事ができたら、また両親とともに暮らせると、ヒカルは信じていたのです。ミチルは何度も両親には会えないとヒカルに言い聞かせますが、タカシが探しに行こうと提案したことで、4人はそれを探しに行きます。でも、どこを探しても「虹の雲」は見つかりませんでした。

橋の下へ戻ると、そこでは例の高校生たちが車を破壊している真っ最中でした。呆然と立ち尽くすミチルと、泣き始めるヒカル。ユウトは姉妹を強引に家へ連れて行きます。4人が家に着くと、ユウトの両親が待っていました。小学校を無断欠席したユウトを佳子は叱り、ミチルとヒカルに家族や頼れる人間はいないのかと尋ねますが、ユウトは両親の姉妹への態度に怒ります。

「ずっと(ミチル達の親はいないと)言ってたじゃないか。でもいつも見てるだけで何もしてくれない!」「弁当作るだけなんて誰にでもできる!」頼れる人間は誰もいないと言っているのに、二人は見ているだけ。だからこそ、自分も「見て見ぬ振り」をする人間になったのだと訴えたのです。

その夜、ユウトとミサ、タカシ、そしてミチルとヒカルの5人は同じ部屋で床に就きました。しばらくすると、目を覚ましてしまったヒカルがまた「虹の雲」を探したいとねだり始めました。困ってしまうミチルに、ユウトは探しに行こうと言います。そして食堂の売上金を盗み、ミチルとヒカルとタカシと「虹の雲」が現れたという海辺のホテルへ向かいます。でも到着しても、そこには勿論「虹の雲」も両親の姿もありません。ミチルはかつて母親が聞かせてくれた歌を口ずさみながら涙を流します。

再び橋の下へ戻ると、そこには警察官が。4人はそのまま警察署へと連れて行かれ、ミチルとヒカルは施設に保護されることに。ユウトは、施設へと運ばれてゆく姉妹の乗る車を追いかけて走りました。走るユウトを見つけるミチルとヒカル。そしてその空には、あの「虹の雲」が浮かんでいました。

ミチルとヒカルがいなくなった後、ユウトの両親は「こどもしょくどう」を始めました。

chinemarche 河合のび

モヤモヤとリアリティ

「ずっと(ミチル達の親はいないと)言ってたじゃないか。でもいつも見てるだけで何もしてくれない!」「弁当作るだけなんて誰にでもできる!」

確かに弁当を作るだけなら、誰でもできます。だけど誰もが弁当を作ってくれてたら、貧乏な子たちもちゃんとご飯を食べられてるはず。誰でも作れるけれど、誰もがやれることでは無い。ユウトの両親は優しい人たちだなぁと思うのです。しかもタカシだけでは無く、ミチルやヒカルにまで。エライこっちゃ。毎日毎日人にご飯を作って、お腹いっぱいにしてあげられる人は、それだけでスゴイなぁと私は思うのです。

さて、いい映画だとは思います。役者も吉岡秀隆、常盤貴子、降谷建志、石田ひかり、鈴木梨央はじめ子役たちも良い演技してたと思うのです。でも、何故か違和感が。リアリティが無く、核心から外れてる気がして。

ネグレスト。タカシの母親は、子供より男が大事で、子供の世話をしないから、ご飯が食べられてないのだけど、小学5年生ならカレーぐらい作れるよね。帰れる家があるし、冷蔵庫に時々お金入ってるし。ミチルとヒカルは親に捨てられて、車に住んでるくらいだから、家も風呂も無いし、もっと汚くて臭いはず。学校にも行けないし、もっとボロボロ。公園で水を飲んで、万引きしてゴミを漁って暮らしているような。始終お腹を空かせて、目をギラギラさせて、ガリガリ。大人を信用せず、平気で嘘をつき、図々しく、逃げ足は早いような。守らないといけない妹がいたら、尚更もっとタフに生きてるような。ぬいぐるみは命の綱のように大事にしてる気がする。でもこんな子供がいたら、近所のおばさんが、すぐに児童相談所に電話する。

ユウトが見せるミチルとヒカルに対する愛情。最後、車を追っていく程の関わりと愛情があるようには見えなかった。描いてないから、感情移入できない。本来なら涙を流すシーンも、淡々と物語が進んでいく。

ユウトの両親も「こどもしょくどう」を開くけど、そんな簡単では無いはず。特別儲かってる訳でもなさそうだし、ずっと続けるのは無理のような。強い意志や覚悟が伝わって来ない。残念ながら。

貧乏でご飯も食べられない子供たちに何ができるのかと言われたら、私は何もできない。ご飯も食べさせてあげられない。せいぜい児童相談所に電話をするくらい。こんなに豊かな社会のはずなのに、苦しんでる子供がいるなんて、胸が痛む。本当に救ってあげないとならない所に援助がされてない。お金も愛情も届いてない。

少なくとも、子供が雨の降る夜に一人「お母さん」と泣きながら「死にたい」と思ってあてもなく彷徨う世の中であってはならない。

ちゃんと女子供が安心して生きられる世の中にしないとなぁと大人の私は思うのです。

👇下のコメント欄に、お気軽にコメントお願いします🙇🏻‍♀️💦

  1. たいしたことなかったよな😀😀😀

    • うん。そうなの。残念ながら、役者の無駄遣い💧
      もっと奥まで深く入り込んで、撮って欲しかった🎬
      細かい心理描写を演じられる役者揃ってたのに✨
      訴えてくるものが全然無くて、泣けなかったわ🥺

  2. 見てないから無責任なこと言えないけど、なんかかもめ食堂とかちょっとおしゃれカフェ入ってるの想像しちゃう。
    ただせめてこどもはお腹いっぱい食べて安心して眠って成長できる世の中にしてあげたい。
    そうしないと脳も成長しないし、幸せになれるのにそのチャンスを見逃してしまう子になっちゃうから。

  3. むね兄♡

    かもめ食堂。めっちゃオサレだったわ♡
    でも、この食堂は庶民的。役者はめっちゃ豪華だけど♡

    「子供はお腹いっぱい食べて安心して眠って成長できる世の中に」
    「脳も成長しないし、幸せのチャンスを逃してしまう」
    本当だよね。『幸せのチャンスを逃す』⇦めっちゃわかる。

    幸せになるのが怖いのか、幸せがわからないのか。
    とにかく幸せを逃す。

    弱者を救済できる世の中になって欲しいと願うばかり。

 



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