思い出の記憶

ドラマを見ていたら弁護士役の女優さんが吐いたセリフが気に入った。

記憶なんて曖昧で、いくらでも上書きされていく。

一言一句は覚えてないけど、こんな感じ。

　確かにそうだ。

嫌なことなんか忘れてしまえと言う人がいるが、忘れることなんかできない。

だけど上書きしてしまうことは案外簡単なんだ。

　幼い頃、外見というよりはその雰囲気からか、よく悪戯をされた。

大人から。

近所のおじさん、先生、クラスメイトのお祖父さん、お父さん、お兄さん、お姉さん、知らないおじさん、おばさん、とにかく大人。

顔や名前を憶えている人もいれば、唇や性器の形しか思い出せない人もいる。

　あまりに日常茶飯事だったので、そういうものだと思っていた。

　妹は非常に可愛らしい容姿をしていた。

クラスメイトは、僕と一緒に遊んでやる代わりに妹を連れて来るように言った。

彼等・彼女達は妹と子供らしい遊びをしていた。

その間、僕のことは忘れ去られた。

その間、僕は、彼らのお父さん、お兄さん、お姉さんと別室で遊んでもらっていた。

　僕は優等生だったので、あまり叱られることはなかったが、

唯一両親や先生に叱られるのが、子供らしくない言動をした時だった。

そんな気の遣い方はするな、気持ち悪い、と。

子供は子供らしくしなさい、と。

　困惑した。

遊んでくれるお兄さんやお姉さんは、もっと想像力を働かせてと言うんだ。

相手の気持ちを考えてごらんって。

どうしたら相手が気持ちよくなるか、喜ばせられるか考えてごらんって。

秘密を守れる頭の良い子だねと褒められた。いいこ、いいこ。かわいいこ。

　それでも叱られるよりは、ひとりでいるよりは、殺されるよりは、

うれしかったのかもしれない。

　ある日の夕方、近所の土手でぼんやり川の流れを見ていたんだ。

そんなことしていたらまた触られるのに。不思議だ。

　そこは中学校の近くで、一人のお姉さんが近づいてきて横にドカッと座った。

夕焼けにブリーチで傷んだ髪がきらきら光って、

素肌に着た短いセーラー服からお腹がちらちら見えて、

長いプリーツスカートは地面まで届いて、

細い目は笑いかけてくれたけど、涙で光っていた。

頬も涙の筋と土埃がついていて汚かった。

最初はまた触りに来た人かなと思ったけど違った。

楽しい？と訊いてきた以外何もしてこなかった。

今思えば、不良グループの中でもパシリみたいな存在の子だったんだろう。

　しばらく一緒に夕焼けを見ていた。

もしかしたら頬くらいつんつんされたかもしれない。

その後どうなったのかも覚えていない、それだけのひと。

　数年後、REBECCA（レベッカ）というバンドがMOONという曲をヒットさせた。

女友達が、「先輩」と囁く幽霊の声が入っていて怖いから一緒に聴こうと言うので

一つのウォークマンのイヤフォンを二人で片方ずつ耳に入れ、聴いた。

うん、確かに何か言ってるね～なんて笑っていたら、その子はキャーキャー言って

イヤフォンを外してしまった。

　僕は聴くのを止められなかった。

あの時の年上の女の子の曲だと思った。もちろん違うんだけど。

　彼女は今どうしているんだろう。

どんどん堕ちていっているのかな。

本当はもっと厭らしいことをしてきた女だったんじゃないか。

本当に女だった？男だったんじゃないか。

そもそも一緒に夕焼けを見た人なんかいたのか。

あの日の記憶は本当だろうか。

寂しくて作り出した嘘の記憶？

夢？

　未だにわからないし、もうどんどん曖昧にぼやけてしまって取り戻しようがない。

だけど懐メロでMOONが流れてくるたびに浮かんでくるんだ。

本当はもう夕焼けだったのか月明りだったのかすら曖昧なあの一瞬の景色が。

あの時、彼女のことを可哀想だと思った？可愛いと思った？

記憶なんてあてにならない。感情だってあてにならない。　

悪くない曖昧な記憶と思い出と共に、この曲は間違いなく好きな曲の一つなんだ。